「神武以来曾つてない」
昭和九年、賢治の死後二年、多分その頃であったと思う。東京のさる同人雑誌の何周年記念かの祝宴の席上で或る詩人が不思議なテーブルスピーチをやった。草野君は近頃いやに宮沢賢治をかついでいるが、例えばその童話はどこが一体いいのかね、というのだった。賢治はその雑誌には一ミリの関係も持っていなかったし従ってその祝宴とも縁がない。二次会でもない本会の、それも酒のない六十人程の几帳面な席でのスピーチにしては随分変梃(へんてこ)なものだとむっとしたが、だまっているわけにもいかないので起って、「神武天皇以来、あんな見事な童話は、曾つてなかったです」というと方々でどっと笑いが沸いた。その笑いはどうやら賢治に直接関聯したというよりは「神武天皇以来」というその比喩に発したもののように察しられたのだが、それはそれとして、その時の言葉はそのままそっくり現在の私の言葉でもある。神武天皇以来・・・・・私はその通りに確信している。
心平は確信していた
草野心平は、賢治の詩だけでなく、童話も高く評価していたことが、よくわかる逸話です。「神武以来」というと、将棋の加藤一二三九段を連想しますが、若くして名人挑戦者となった加藤一二三の才能をほめたたえる「神武以来の天才」という表現よりもはるか前に、宮沢賢治の童話を「神武天皇以来曾つてない見事」なと評した草野心平。いかに高く評価していたかがわかります。しかもそれが誇張ではなく、「確信している」というのですから、賢治と賢治の作品を深く理解し、心から感動していたにちがいありません。
つづく
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