ふきんとうだより

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石川優子のエッセイ『夢色気流』急性胃腸炎と部屋の不満

前回に続き、昭和の人気歌手・1980年代を駆け抜けたシンガーソングライター・石川優子さんのエッセイ『夢色気流』から、寮生活の続きをお届けします。今回は、67-70ページの部分で、デビュー間もない頃の急性胃腸炎のエピソードや、一人暮らしへの憧れ、押し入れの大切さが語られます。23歳の彼女の率直な気持ちが、生き生きと描かれていて、心に響きます。忙しい歌手生活の裏側を知ることで、当時の大変さが実感できます。最新情報も交えながら、丁寧に紹介していきますので、ゆっくりお楽しみください。

石川優子と23歳の時のエッセイの紹介

石川優子さんは、1958年生まれのシンガーソングライターです。1979年にデビューし、「シンデレラ サマー」やChageさんとのデュエット「ふたりの愛ランド」で大ヒットしました。エッセイ『夢色気流 風にまかせて』は、1981年に刊行されたもので、当時23歳の彼女が、芸能生活の喜びや悩みを綴った自伝的な一冊です。この本は、ヒット曲の裏にある人間らしい日常を教えてくれます。特に寮生活の描写は、ファンにとって貴重な記録です。

最新情報として、2025年現在、石川優子さんは1990年に引退後、結婚・出産を経て、時折音楽活動をしています。2025年1月にChageさんのBillboard Liveでゲスト出演し、「ふたりの愛ランド」などを披露しましたが、それ以降の公の活動情報はなく、プライベートを重視されているようです。変わらない優しい歌声が、ファンを喜ばせました。

下成佐登子と同じ寮だったという前回のまとめ

前回は、タレント寮の様子を紹介しました。二階建ての一軒家で、一階にレッスン先生の家族、二階に石川優子さん、下成佐登子さん、野本なおみさんが住んでいました。忙しい仕事の合間に、時々女子トークや料理を楽しむ姿が描かれ、そばに仲間がいる安心感が強調されていました。最後に、病気になった時の先生の奥さんの存在がありがたかったと触れ、次への伏線になっていました。

 

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こうした共同生活は、若いアイドルたちにとって大きな支えだったようです。

③急性胃腸炎で救急車

ここからが今回の本題です。デビューして四ヶ月目に、過労から急性胃腸炎になり、三日間入院したエピソードです。先生の奥さんがすぐに救急車を呼び、退院後もおかゆなどの病人食を作ってくれた優しさが、心に染みます。以下に原文を引用します。

デビューして、四ヵ月目くらいに、急性胃腸炎をおこして、倒れてしまったんです。 過労もなっていて、三日間入院したんですが、その時も、苦しんでいたら、すぐに救急車を呼んでくだ さって。そして、帰ってきてからも、急に普通の食事にするのはよくないだろうって、おかゆさんとかの病人食を作って運んでくださったのです。病気になったら、自分で動くのはめんどうで、 つい人に甘えたくなってしまう。おばさんもいろいろ気を使ってくださって、ほんとうにありがたかった。見知らぬ土地、慣れない土地で病気することほど、心細いことはないですね。

この部分を読んで、当時の石川優子さんの大変さが伝わってきます。デビュー直後でかなり注目されていましたから、昭和のアイドル的シンガーソングライターは本当に厳しかったんですね。先生の奥さん(おばさん)の細やかな気遣いが、家族のような温かさを感じさせます。見知らぬ東京で病気になった心細さは、誰しも共感できると思います。こうしたサポートがあってこそ、彼女は活動を続けられたのでしょう。23歳の素直な感謝の言葉が、素敵です。

④一人暮らし願望

寮の安心感がある一方で、少し贅沢になって一人暮らしをしたいと思う気持ちも出てきたそうです。自分だけの空間を持ち、独立したいという願望です。引用します。

ところが最近、少しぜいたくになってしまって、一人暮らしをしたいなぁ、なんて思うことが あるんです。自分だけの城を持ちたい、なんて。完全に、独立したいと思ったりするのです。部屋にも、ちょっぴり不満があって、それは何かっていうと、押し入れがないことなんです。押しいれって、ある時はわからないけど、ないと、あんな便利なものはないなってつくづくわかります。

ここは面白い転換点です。前回までの寮の良さを語った後で、一人暮らしへの憧れが出てくるのが、人間らしくて微笑ましいです。若い頃って、誰かと一緒にいる安心感と、一人で自由になりたい気持ちが交互に来ますよね。石川優子さんも、忙しい中でもそんな普通の悩みを抱えていたんですね。特に、部屋の不満として押し入れがないことを挙げるのが、具体的で親しみやすいです。次でその理由が詳しく語られます。

⑤押し入れがすごい

押し入れの便利さが、詳しく説明されます。荷物が増えて大変で、ちらかし人間にとっては最高の隠し場所だそうです。空箱や包装紙を取っておく癖も、可愛らしいです。全引用をパートに分けます。

私の部屋は、八畳の洋間なのですが、押し入れがないんです。荷物がだんだん増えてきて、もう、大変。もう一部屋と、押し入れがあると、最高のパターンなんですけどね。 押し入れって、 私みたいな、ちらかし人間にとっては、すごく便利で、片づけられない時は、とりあえず、押し 入れにしまいこんじゃえるでしょ。 押し入れあけると、荷物が落ちてくる、というのは、いただ けないけれど、そこまでいかないにしても、どこにしまっていいかわからないものは、とにかく 押し入れに入れられるものね。

八畳の洋間は広そうですが、押し入れがないと収納に困りますね。荷物が増えるアイドル生活では、特に実感したのでしょう。「ちらかし人間」という自認が、親しみやすさを増します。とりあえず押し入れにしまうという工夫は、多くの人が経験あるあるだと思います。

私って、何でも取っておくのが好きなんですよね。何かに使えるかも知れない、とかいつかこ れが役立つんじゃないだろうかって、すぐ考えてしまうんです。特に空箱とか、つつみ紙とか、 紙ぶくろなんて、とっておくのが大好き。いまはしまうところがなくて、捨てたりもするけど、 でもいつのまにか、そういうのが増えてるんです。

この最後の部分は、石川優子さんの性格がよく表れています。何でも取っておく癖は、創造的な人らしいですね。空箱や紙袋を大事にする姿が、想像できて可愛いです。押し入れがあれば、そんなコレクションも安心して置けますが、ないと大変だったようです。このエピソードから、華やかなアイドル像とは違う、日常的な一面が愛おしく感じます。

⑥優子さんは今どうしているでしょうか

エッセイのこの部分は、寮生活の喜びと不満をバランスよく描き、23歳の成長を感じさせます。今の石川優子さんは、引退後プライベート中心ですが、2025年1月のChageさんとのライブが最新の活動です。SNSなどはなく、静かな生活を送られているようです。一方、前回登場の下成佐登子さんは、スタジオミュージシャンとして健在で、ファンサイトもあります。野本なおみさんは、前回もお伝えしましたように2025年8月に亡くなられました。

エッセイ『夢色気流』石川優子さんの若き日の本音が詰まった宝物です。病気での心細さ、サポートのありがたさ、一人暮らしへの夢、押し入れの恋しさ…どれも、時代を超えて共感できます。昭和のシンガーソングライターのリアルな生活を知ることで、彼女の歌がより深く心に響くはずです。このエッセイを読んで、皆さんも自分の若い頃を振り返ってみませんか? きっと、温かい気持ちになれると思います。

石川優子のエッセイ『夢色気流』の裏表紙