ベトナムを震撼させた巨額詐欺事件
2024年4月11日、ベトナムで世界最大規模とされる銀行詐欺事件の判決が下されました。中心人物であるチュオン・ミー・ラン(67歳)が、サイゴン商業銀行(SCB)から440億ドル(約6兆7300億円)を不正に融資させ、死刑判決を受けたのです。
この事件は、ベトナムの経済規模(2022年GDP約4060億ドル)の約1割に相当する巨額で、国内外で大きな注目を集めています。
経済犯罪による死刑判決はベトナムでは珍しくなく、反腐敗キャンペーンの一環として注目されていますが、こうした公金を私物化する行為は日本を含む多くの国でも見られる普遍的な問題です。
本記事では、事件の概要、チュオン・ミー・ランの背景、資産返還の努力、そして死刑の是非を巡る議論を整理し、最新情報も交えて解説します。
➤BBCでは、彼女の写真も掲載しています。
事件の概要:440億ドルの詐欺とその衝撃
詐欺の手口と規模
チュオン・ミー・ランは、2012年から2022年にかけて、SCBから440億ドルを不正に融資させました。
彼女は2,500件以上の架空の融資を作成し、銀行の総貸出残高の93%を自身の会社や関連企業に流用。
さらに、2018年から2020年にかけて、35,824人の投資家から30,081億ドン(約130億円)を詐取し、45億ドル以上を海外に移転しました。
この額はベトナムの2022年GDPの1.1%に相当し、経済への影響は計り知れません。
検察によると、270億ドルが回収不能とされ、被害の深刻さが浮き彫りになっています。
裁判と判決
裁判はホーチミン市の植民地時代の建物で行われ、証拠として104箱(総重量6トン)、2700人の証人が動員されました。
チュオン・ミー・ランは横領、賄賂提供、銀行規制違反の罪で死刑判決を受け、共犯者85人も処罰されました。
彼女の夫には9年、姪には17年の実刑、4人が終身刑、残りは3~20年の実刑または執行猶予が言い渡されました。
2024年12月2日の控訴審でも死刑判決が維持され、彼女は現在、執行を待つ状況です。
チュオン・ミー・ランの背景:成功から犯罪へ
不動産王としての台頭
チュオン・ミー・ランは1956年、ホーチミン市で華僑の家庭に生まれました。
彼女のビジネスは屋台で化粧品を売っていた母親とともに始まりました。BBCは次のように記しています。
母親と一緒に屋台で化粧品を売っていたが、1986年に共産党がドイモイ(刷新)と呼ばれる経済改革を推進し始めると、土地など不動産を買うようになった。1990年代には、ホテルやレストランなど大きな資産を持つに至った。
(上記のBBCの記事より一部引用)
https://www.bbc.com/japanese/articles/c1wx82x06qpo
1986年の「ドイモイ(革新)」改革後、ホーチミン市の主要なプロジェクト(Sherwood Residence、Times Squareなど)を手掛け、財を築きました。
1991年にバン・チン・ファットグループを設立し、不動産、ホテル、金融で成功。
2011年には元大統領から「労働勲章3級」を授与されるなど、ビジネス界での地位を確立していました。
犯罪への道
彼女は2012年にSCBの株式を不正に91.54%まで支配。法的には、5%までしか株式を所有できないにもかかわらず、73の代理人や数百の架空会社を利用し、銀行を事実上私物化しました。もっとわかりやすく言うと、銀行を乗っ取ってしまったわけです。
さらに、元ベトナム国家銀行の主任監査官に520万ドルの賄賂を贈り、監査を操作。
これにより、彼女の詐欺行為は長期間見過ごされ、被害が拡大しました。
こうした公金を私物化する行為は、日本でも政治資金の不正や企業の粉飾決算など、形を変えて広く見られる問題です。
資産返還の努力:死刑回避への挑戦
返還の条件と現状
ベトナムの法律では、死刑判決を受けた被告人が被害額の3分の2を返還し、当局に協力すれば、死刑を無期懲役に減刑できる可能性があります。
チュオン・ミー・ランの場合、120億ドルの3分の2(90億ドル)の返還が条件とされています。
2025年4月21日時点で、彼女は債券投資家に300百万ドル(約45億円)を返還済みです。
また、SCBの清算や資産売却による返済を提案していますが、90億ドルの全額返還には至っていません。
資産凍結の障壁
彼女の資産の多くは裁判所によって凍結されており、返還の実行が困難な状況です。
2024年10月17日の報道では、被害者補償のために資産が没収されたままとされています。
それでも、彼女の夫が120万ドルを返還し、刑期が2年から1年に短縮された例から、返還が刑の軽減に繋がる可能性が示唆されています。
死刑の是非:賛否両論の議論
死刑賛成派の主張
賛成派は、経済犯罪の抑止力として死刑が必要だと主張します。
特に、ベトナムの汚職増加を背景に、厳罰が社会秩序の維持に有効だと考えられています。
Deputy Nguyễn Thanh Sangは、死刑の脅威が資産回還を促進すると指摘し、チュオン・ミー・ランのケースを例に挙げています。
彼女が返還に動いているのは、この条件が動機付けになっている証拠です。
死刑反対派の意見
一方、反対派は司法改革や国際基準を理由に死刑廃止を求めています。
Deputy Lê Nhật Thànhは、フランスやカナダなど死刑を廃止した国の例を挙げ、無期懲役で十分だと主張。
誤判のリスクや人道的な観点も強調されています。
2025年5月の国会では、経済犯罪を含む8つの犯罪の死刑を無期懲役に置き換える提案が議論されました。
最新情報:2025年6月の状況
2025年6月16日現在、チュオン・ミー・ランの死刑判決は確定したままです。
最新の報道では、彼女がさらなる資産売却を提案しているものの、90億ドルの返還は未達成との情報が主流です(VN Express, 2024年10月17日)。
また、ベトナムの国会では、死刑適用犯罪の削減に関する議論が進行中ですが、経済犯罪への適用については結論が出ていません(Vietnam News, 2025年5月20日)。
彼女の資産返還の進捗や特赦の可能性は、今後の注目点です。
まとめ:経済犯罪と社会への教訓
チュオン・ミー・ラン事件は、ベトナム史上最大の経済犯罪として、経済規模に対するその影響の大きさと、死刑判決の波紋を広げました。
彼女の成功と転落は、欲望と腐敗が絡み合う現代社会の縮図とも言えます。
日本を含む多くの国で、公金を私物化する行為は形を変えて存在し、企業の不正会計や政治資金の流用など、類似の課題が浮かび上がります。
この事件は、厳罰の効果と司法の公平性をどうバランスさせるか、国際社会にも問いを投げかけています。
あなたは、この巨額詐欺事件とその結末をどう考えますか?コメントで意見を聞かせてください。