ふきんとうだより

ふきのとう、フォーク、宮沢賢治、石川優子についてつらつら語ります

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ふきのとう「春雷」 ― 北海道に桜が咲く頃、あの二人の声をもう一度

ふきのとう「春雷」のあらまし

「春雷」は、1979年2月25日にリリースされたシングルで、春の訪れとともに雷が鳴る情景を描いた美しいフォークソングです。作詞・作曲は山木康世さんが手がけ、オリコンチャートで22位を記録。テレビ番組「夜のヒットスタジオ」への初出演も果たした、ふきのとうを代表する一曲です。

 

「春雷」の歌詞

突然の雷が 酔心地 春の宵に
このままじゃ夜明けまで 野ざらし ずぶ濡れ
春の雷に 白い花が散り 桜花吹雪 風に消えてゆく

過ぎた日を懐かしみ 肩組んで 涙ぐんで
別れたあいつは今 寒くないだろうか
春の雷に 帰るあてもなく 桜花吹雪 家路たどるふり

声なき花の姿 人は何を思うだろう
まして散りゆく姿 この世の運命を
春の雷に散るな 今すぐに 桜花吹雪 命つづくまで
春の雷に散るな 今すぐに 桜花吹雪 命つづくまで

「春雷」の背景

「春雷」は、山木康世さんの母親が病に倒れた際、その回復を願って制作された曲です。もともとは別れをテーマにした歌詞でしたが、マネージャーから「メロディーは文句なし。でも詞はこれじゃない」と言われ、母親の病状で頭が一杯だった山木さんは、歌詞を母親へのエールという形に書き直しました。

春の雷に散るな 今すぐに」という一節に込められた祈りの深さは、そのような背景を知ると、また一層胸に響きます。

春の象徴である桜と雷という自然現象を詩的に結びつけ、新たな生命の芽吹きと散りゆく花びらの儚さを同時に描き出したこの曲は、日本のフォークソング史に深い足跡を残した作品として広く愛され、今もなお多くのアーティストにカバーされています。

山木さんがイメージした「春雷」は、いつ頃の北海道?

桜が散り、雷鳴が響く春の宵――山木さんが思い描いたのは、北海道のどんな季節の一場面だったのでしょうか。

本州では3月末から4月初旬に見られる桜吹雪も、北海道では大幅に遅れてやってきます。ちなみに今年(2026年)は道南の松前が4月18日、函館が4月21日、札幌が4月24日頃の開花予想で、いずれも平年より1週間ほど早い見込みです。旭川では4月27日、室蘭は5月1日と、桜前線は5月にかけてゆっくりと北上していきます。満開から散り始めまでを考えると、「桜花吹雪」の情景は道内各地で4月下旬から5月中旬にかけて順次訪れることになります。山木さんが育った北海道の春は、本州より一足遅く、だからこそ待ちわびた分だけ鮮やかに心に刻まれるのかもしれません。

春雷と花吹雪

楽曲の魅力

歌詞の深み 春の雷鳴と共に散る桜の花びら、母への祈り、過ぎ去った時間への懐かしさ――それらが一つの曲の中に重なり合い、聴く者の心に深く刻まれます。

メロディと編曲 シンプルでありながら美しいメロディに加え、いきなりエレキギターで始まるイントロが春雷の閃光を鮮やかに表現し、ドラムの重厚な響きが雷鳴の臨場感を生み出しています。

3番での転調 3番の出だしからキーが半音2つ上がるこの転調は、聴き手に高揚感と新たなエネルギーをもたらし、曲のドラマティックな展開を際立てます。そして何より、細坪基佳さんの透明感あふれる歌声と、山木康世さんの低音が支えるハーモニーが、この転調の感動をさらに深めています。

あの二人の「春雷」を、もう一度

ふきのとうは1992年5月、北海道厚生年金会館でのコンサートを最後に、18年間の活動に幕を下ろしました。解散後、メモリアルイヤーを含め、これまで一度も再結成を果たしていません。細坪さんは「お互いにやり残したことがまだある。だから再結成はまだない」と話し、山木さんも「もしやるとしたら、現役引退の最後の最後でしょう」と語っています。

それでも、と思わずにはいられません。

北海道に桜が咲き、遠くで春雷が轟くこの季節に、あの二人の声で「春雷」を聴きたい――そう感じているファンは、きっと日本中にいるはずです。山木さんの紡ぐ言葉と、細坪さんの澄んだ歌声が重なるあの瞬間は、どんなソロ活動も代わりにはなれない、ふきのとうにしか生み出せない奇跡でした。

「春の雷に散るな 今すぐに 命つづくまで」

お二人とも現役で精力的な活動を続けておられる今だからこそ、もう一度だけ、あのハーモニーを聴かせてほしい。桜吹雪の舞う北の大地で、ふきのとうの「春雷」をもう一度。心からそう願っています。