最近のワールドシリーズで、大リーグ・ドジャースの山本由伸投手が熱い投球を見せ、大谷翔平選手が奮闘する姿に、心を揺さぶられた方も多いのではないでしょうか。毎朝のように届くファンの声援が、野球の魅力を再確認させてくれます。そんな現代の興奮から、遡ること80年以上前。第二次世界大戦のさなか、日本ではプロ野球がどのように人々の心を掴んでいたのでしょうか。日常に厳しい制限が課せられる中、球場に足を運ぶファンの思いは、きっと私たちに深い示唆を与えてくれるはずです。
今回、そんな戦時下のプロ野球ファンに焦点を当てた本『戦争に抵抗した野球ファン——知られざる銃後の職業野球』(山際康之 著、筑摩書房、2025年刊)を紹介します。この本は、戦争の渦中で野球に救いを求め、ささやかな抵抗を試みた人々の実話を丁寧に綴ったノンフィクションです。著者の山際康之さんは、長年スポーツジャーナリストとして活躍され、戦後80年を機に、これまで語られてこなかったファンたちの姿に光を当てています。戦況が激化する中でも、年間80万人もの観客が球場を訪れたという事実から、当時の人々が野球に何を求めていたのかを、鮮やかに描き出しています。
本書を読むと、プロ野球が単なる娯楽ではなく、日常の厳しさを忘れさせる「心の拠り所」だったことがよくわかります。日中戦争から太平洋戦争へ移行する昭和15年から18年頃、軍部の統制が強まる中で、選手たちは兵役に取られ、試合数は減少していきました。それでも、ファンは空襲の恐怖を抱えながら、球場へ向かいました。彼らの行動は、戦争に染まりきらない「無言の抵抗」として、本書で力強く語られています。興味深いのは、こうしたファンのエピソードが、現代の私たちに「平和の大切さ」を静かに問いかけてくる点です。
ラジオ番組で語られた戦時下の野球熱
このテーマをより深く知るきっかけとして、NHKラジオの番組「マイあさ!」で放送された特集「戦時下のプロ野球ファンに迫る」が挙げられます。2025年10月26日にオンエアされたこの回では、著者の山際康之さんがゲスト出演し、当時のファン心理を生き生きと語りました。番組の文字起こしを基に、その一部を紹介します。戦時中のプロ野球は、当時は「職業野球」と呼ばれていましたが、ここでは親しみを込めて「プロ野球」と表記します。
この時間は戦時下のプロ野球ファンに迫ります。大リーグ・ドジャースの山本由伸投手のワールドシリーズでの熱闘、大谷翔平選手の奮闘プレーの一つ一つに胸を熱くした方も多かったのではないでしょうか。毎朝にもワールドシリーズ翌日の今週月曜、多くの便りや声が寄せられました。その激闘から遡ること80年以上前、第二次世界大戦前や戦時中、日常に様々な制限が設けられる中、日本のプロ野球ファンはどのような思いで球場に足を運んだのでしょうか。戦争に抵抗した野球ファンの著者、山際康幸さんのお話です。山際さん、よろしくお願いいたします。
山際康幸さんの紹介と感想
よろしくお願いいたします。山際さんは、本書は戦時にもかかわらず戦争への協力に背を向けてささやかな抵抗を試みた人々の実話であると書いて本を始めています。こうした人々の存在を知ったとき、どんなことを思ったんでしょうか。当時はプロ野球は職業野球というふうに呼ばれていましたけども、今日はプロ野球でいきたいと思います。まず注目したのは、日中戦争から太平洋戦争へと進むちょうど昭和15年から18年ぐらいになりますけども、当時年間で80万人もの観客がいたという事実ですね。1日あたりにすると4000から5000人の人が球場にいたということになるかと思います。もちろんあの現在と比べるとですね、あのわずかな数かも知れませんが、よくよく考えてみると球場の外はもうまさに生きるか死ぬかの戦の最中で、戦争に背を向けて球場に足を運んだまあいわば無言の抵抗者たちとも言える人たちが多くいたという事実は、これまで語られてきた戦争とは異なる印象だったというのが私の感想ですね。僕が育ったところは実は昭和20年の東京大空襲で一番被害があったところで、子供の頃から戦争の悲惨さというのを随分教えられてきたわけですけども、そういった中で娯楽があってしかも野球を見に行ってたっていうのが不思議でならなくて、それが今回お迎えしたきっかけにもなってるんですけども。
この対談から、当時のプロ野球がどれほど人々の心を支えていたかが伝わってきます。年間80万人の観客数は、1試合あたり平均4000〜5000人と聞くと、現代の満員御礼のスタジアムに比べて少ないように感じますが、戦時下の状況を考えると驚くべき数字です。外の世界が爆音と恐怖に満ちている中、球場は一時的な安らぎの場だったのです。山際さんがおっしゃるように、こうしたファンの存在は、戦争史の暗い側面だけを描く従来の語り口とは一線を画します。
戦時下プロ野球の背景とファンの日常
では、なぜ戦時下にプロ野球が続けられたのでしょうか。1936年に始まった日本プロ野球は、戦前から人気を博していましたが、日中戦争の勃発(1937年)で状況は一変します。選手の多くが徴兵され、チームは存続の危機に陥りました。それでも、興行主や選手たちは「国民の士気高揚」を名目に、試合を継続。実際には、軍部の検閲を受け、試合内容が制限されるなど、厳しい環境でした。
ファンの側面から見ると、興味深いエピソードが本書に満載です。例えば、東京の後楽園球場では、空襲警報が鳴っても観客が席を立たず、試合を最後まで見守った話があります。あるファンは、日記に「今日のホームランで、昨日の爆撃を忘れた」と記しています。また、女性ファンも少なくなく、家族連れで訪れる姿が、当時の新聞記事からうかがえます。こうしたささやかな喜びが、戦争の重圧から逃れる手段だったのです。
山際さんの視点は特に心に響きます。著者ご自身が、東京大空襲の被害が大きかった地域で育ち、幼少期から戦争の悲惨さを肌で感じてこられた方です。それゆえに、戦時下の娯楽が「不思議でならなかった」との言葉に、説得力があります。私自身も、この本を読んで、野球がもたらす「つながり」の力を再認識しました。現代では、プロ野球の観客数は年間数百万規模ですが、当時のファンの「選んで球場に行く」決意は、きっと私たちの何倍もの重みがあったでしょう。
現代の野球ファンとのつながり
この本の魅力は、過去の物語を現代に結びつける点にもあります。2025年のワールドシリーズで活躍した大谷翔平選手や山本由伸投手は、日本人として世界の舞台で輝いています。彼らのプレーを見守る私たちは、80年前のファンと同じように、胸を熱くします。戦争のない平和な時代だからこそ、当時の抵抗の意味を振り返る価値があるのです。
さらに、野球の持つ普遍性を考えさせられます。戦時下のファンが求めたのは、単なる勝敗ではなく、日常の「普通」を取り戻す瞬間でした。今日、私たちがスタジアムで声援を送るのも、同じ心の動きです。本書を通じて、プロ野球が日本文化に深く根ざしていることを改めて実感します。
最新の反響と今後の広がり
この本は、2025年夏に刊行されて以来、大きな注目を集めています。8月25日のYahoo!ニュースでは、「戦争下でも集客できた理由」として特集され、戦況激化下のファン心理が話題になりました。9月20日の日本経済新聞書評では、「兵役で選手が足りなくなっても、興行を諦めない野球人の記録」と高く評価。10月にはNHKラジオでの放送がきっかけで、静岡新聞や富山新聞など地方紙でも書評が相次ぎました。
特に、10月19日の静岡新聞では、「救いを求め」るファンの視点が強調され、戦後80年の節目にふさわしい一冊として紹介されています。Amazonのレビューでも、「これまで知らなかった戦時野球の側面に触れ、感動した」という声が寄せられています。こうした反響から、本書が単なる歴史書ではなく、現代の私たちに「娯楽の役割」を問いかける作品であることがわかります。将来的には、講演会やドキュメンタリー化の可能性も期待されます。
まとめ:野球が教えてくれる抵抗の形
戦時下のプロ野球ファンの物語は、戦争の暗闇の中で光を灯した人々の証です。山際康之さんの本を通じて、彼らのささやかな抵抗に触れると、私たちの日常がどれほど貴重かを実感します。ワールドシリーズの興奮が冷めやらぬ今、ぜひこの本を手に取ってみてください。球場に響く歓声が、時代を超えてつながっていることに、きっと気づかれるはずです。
この記事が、戦時下の野球史に少しでも興味を持っていただくきっかけになれば幸いです。皆さんの感想も、ぜひお聞かせください。